多発性硬化症(MS)の治療について
多発性硬化症は、脳、脊髄、視神経などの中枢神経系に生じる自己免疫疾患です。
自己免疫疾患というのは、細菌、ウィルス、癌のように人体に有害なものから自分の体を守るために働く自身の免疫細胞が間違って自分の体の一部を攻撃してしまうことによって起こるものです。
香川県では、令和元年度末時点で、180名の患者さんが多発性硬化症(視神経脊髄炎を含む)として特定疾患の認定を受けており、当院にも多くの患者さんが通院されています。
神経は、細胞体から伸びる軸索とよばれる部分を、ミエリン(髄鞘)とよばれるさやのようなものが覆う構造になっています。
多発性硬化症では、自分自身の免疫細胞が誤ってミエリンを攻撃しています。この結果、ミエリンが軸索から剥がれ、神経の伝達がうまくできなくなります。この状態を脱髄と呼び、多発性硬化症は脳や脊髄の多くの場所でこの脱髄が繰り返し起こっています。
多発性硬化症の治療においては、いったん起こりかけた脱髄を早期に食い止める治療(急性期の治療)と繰り返し起こる脱髄の再発回数や程度を減らすための治療(寛解期の治療)とがあります。
とくに近年、再発抑制のための新しい薬が日本でも使えるようになり、患者さんの状態に応じた治療が選択できるようになってきました。
2011年には内服治療薬のフィンゴリモド、2014年には点滴薬のナタリズマブが国内承認され、さらに2015年9月にはグラチラマーという皮下注射薬が承認されました。 2017年2月からは国内でもカプセル製剤のフマル酸ジメチルが使用できるようになりました。2020年9月には二次性進行型多発性硬化症(SPMS)の治療薬であるシポニモドが発売され、さらに2021年3月にはSPMSの患者さんにも使用できる抗CD20抗体製剤・オファツムマブが承認され、注目されています。
多発性硬化症治療の目標は、単に再発回数が減少すればよいという考え方から、患者さんの長期予後を良い状態に維持しなければならないという考えに変化しています。
治療目標を表すキーワードとして、「臨床的再発」「MRI病変」「身体的障害の進行」「脳萎縮」の4つが挙げられ、この4つの指標のすべてが抑制されている状態(no evidence of disease activity:NEDA-4)を維持することが目標とされています。
しかし、再発抑制の治療薬は免疫系に作用する薬剤なので、治療目標を達成するためにはとにかく強力な薬剤を使えばよいというものではありません。また、多発性硬化症によく似た症状や画像所見を示す病気は他にもたくさんあり、とくに視神経脊髄炎のように一般的な多発性硬化症の再発予防薬を使うべきでない病気もあります。
治療選択にあたっては、まずは正しい診断を行い、患者さん個々の病気の勢いや生活状況に合わせた治療法を提示し、そして患者さん自身が納得して選択するということが重要です。